01_バロネット卿 01-09

 その日以来、甚八はコタロウを見つけては、たびたび銀行の話をした。「いま世界で最も大きくて強い銀行はロスチャイルドだがな、あの一家を率いるネイサン・ロスチャイルドという男はナポレオン戦争で上手に立ち回り、それであの地位を築いたんじゃよ」

 ナポレオン戦争の末期、ネイサンを中心とするロスチャイルド家はイギリスの戦費を戦地に送る役目を任されて、世界中の金を買いあさっていた。イギリス国家が必ず買い取ってくれことを見越し、ネイサンは少し高値でも金を買った。ところがワーテルローの戦いでウェリントン公爵があっさりとナポレオンを破り、二十年にも渡る戦争はあっけなく終わった。ネイサンは驚いた。なにせ金は、戦時中なればこそ高値で取引されたが、戦争が終わればたちまち暴落するといった性質の商品だからである。買いあさった金を何か別の商品に替えなければ、破産するのは火を見るよりも明らかであった。そこで目を付けたのがイギリスの国債であった。

 ナポレオン戦争の時、フランスは税金を国民に課し、戦費をまかなった。それに対しイギリスは国債を大量に発行し、国民から借金をするという形で戦費をまかなった。コンソル公債はそういった趣旨のもと、もともとは一〇〇ポンドで発行された国債であった。しかし戦争が長引くにつれて価格は下落し、発行当初の半額の五〇ポンドを割ることさえある商品となっていた。

「イギリスが戦争に勝ったからには国債も信用を取り戻し、価格が上がるに違いない」と、ネイサンはそれに目を付けた。