01_バロネット卿 01-08

 船旅の何日か目の昼下がり。コタロウが甲板の椅子に座って海を眺めていると、隣の椅子に甚八が座って話しかけてきた。「ワシは日本に帰ったら銀行を造ろうと思うのだ」。あまりに唐突な切り出しであったので、コタロウは何のことかわからず、目をシバシバと瞬かせた。

「まあ聞きなさいな、御曹司。ワシはこのたびイギリスに来てつくづく思ったんじゃがのう、ワシはもともと絹を商って今の会社を立ち上げて、ここまで大きくしてきた。西洋の戦争のお陰、と言っては何だが、まあそのお陰で、今もザブザブとお金が流れ込んでくる。ありていに言えばワシは戦争成金じゃな。今後も戦争が長引けば、まるで濡れ手に粟のような状態でお金がザクザク入ってくるじゃろう。しかし、戦争が終わればどうなる? 戦争の需要を見越して生産した絹は、西洋が立ち直ることによってたちまち売れなくなるだろう。在庫のみが大量に残り、たちまち不況に陥るじゃろう。今はまだ西洋の戦争は激しくなる一方で、どこで終わるかもわからん。しかし戦争は必ず終わる。戦争が終われば日本に必ず不況がくる。輸出産業に投資している銀行もひょっとすると倒産するかも知れん。取り付け騒ぎがおこり、預金がどんどん引き出され、現金のなくなった銀行は閉店を余儀なくされるであろう。さて、そんな時。輸出産業にまったく手を出さず、不況でまったく赤字を被らない銀行があったらどうだ? 誰もがその銀行にお金を預けたいと思うであろう? ワシの狙い目はそこだ。この戦争で儲けつつも、その次の時代を見据えねばいかん。その答えが銀行だったわけじゃよ」