01_浦島子伝 01-03
ボクの問いに彼女は答えるが、その声の美しさときたら、まさに鈴を転がすが如き。
「私は蓬莱山から参りました天女なのでございます。父母兄弟とともに黄金の宮殿に暮らしていますが、貴方もいらしてくださるかしらん? チンチロリン」
チンチロリンはもちろん鈴の音、で、まあこうしてボクはすっかり穴に落ち込み蓬莱山の宮殿にノコノコとでかけることとなった。
宮殿にはいくつもの御殿があって彼女はその中のひとつにボクを招き入れ、のちに聞くとそれこそ彼女の暮らす仙宮という御殿なのだが、そこでまあ、夢また夢といった逢瀬。
珊瑚に囲まれた御殿の中には金や玉が敷き詰められて、庭の池には芙蓉が咲き誇り、泉の岸には蘭菊が舞う。案内されるままにボクは御殿の奥に入り、その穴、いや建造物の荘厳さに少々圧倒されもするが、なに、ボクも男だ。たとえ老いた釣り人であっても、志は雲より高く、何より体は健康だ。心は愛に溢れている。何の臆することのあらんや。来たれ女よ、共に歓喜の紫雲となろう。穴の底にまで堕ちてゆこう。
まるで春風が百和香を送ってくるような、彼女の衣の馥郁たる香り。まるで秋風にさらさらと木の葉のすれ合う調べのような、彼女のつけた珠の音色。共に玉房に入れば、芳しい風は薄絹の帳に香をもたらし、翡翠のすだれに吹く翠嵐は二人の敷物をふわりと揺らす。ああ恍惚なるかな魅惑の穴よ。我と来たりて、我とともに滅ぶべし。