01_バロネット卿 01-01

 ヴァンダーウォール法律事務にバロネット卿からの最後の封書が届いたのは、一九七八年十月の初頭であった。十三・五六ポンド分のまるでバロネット卿に似つかわしくないような可愛らしい切手には英国領キリバスのスタンプが押されていた。ヴァンダーウォールは配達員からそれを受け取り、古びた装飾のほどこされたペーパーナイフで丁寧に封を切り、マホガニーの高級デスクの上にその中身を出した。中身は簡単な手紙と一葉の写真であった。ヴァンダーウォールは小さな鼻眼鏡をかけて手紙をゆっくりと読み、それから写真を眺めた。

「ひとつ、遺書は最新の物のみを残しあとは破棄されたし。ひとつ、写真の娘を当家で引き取りたし。ひとつ、娘を引き取るにあたり、養子縁組などの必要あらば貴君にすべてお任せしたし。以上。近日中に娘を連れて日本に帰る」

 写真にはこんがりと日に焼けた南国の娘が、少しはにかんで笑っていた。十代後半といったところか。ヴァンダーウォールはフウンと鼻から大きく息を吐き、目を閉じた。遺書を最新の物 ーバロネット卿がキリバスへと旅に出る直前に書き直した物ー にするということは、卿の心配は杞憂でなかったということである。

「これはひと騒動あるやも知れんのう」

 ヴァンダーウォールは鼻眼鏡をはずし、パンパンと手を叩いた。

「ポール、ちょっと来てくれ」

 若手弁護士のポール・ペインが席を立ち、所長ヴァンダーウォールのデスクに来た。