01_浦島子伝 01-02
穴のことはさておき、さて、そもそもこの話が語られたのは淳和天皇の頃ともいうし、雄略天皇の頃ともいう。場所は丹後国余佐郡というから現代の京都府与謝郡で、ボクすなわち浦島子の本名は『水の江浦島子』と物の本には書いてある。のちに浦島太郎と呼ばれるボクだが、今回はあえてこの古いほうの名前『ホトコ』と名乗ることにしよう。ミズノエホトコ、今ではまるで女性の名前のように聞こえるけれど、かつて『子』の字は男子の名前につけられていたという事実を思い出してほしい。有名どころでは小野妹子、蘇我馬子、中臣鎌子、等々。聖徳太子は少し違うね?
まあともかくそういったわけで、ボク、ホトコは舟に乗って海に出て一匹の大きな霊亀を釣り上げて、そのままグウグウと昼寝をした。すると亀が美女に変化して、ボクはその美女を前に、穴に落ちる覚悟を決めた、というわけだ。穴はもちろん人生の落とし穴。美女がどうして傾城と呼ばれるかと言えば、もちろんその美しさゆえに男を狂わせ、城さえも傾けさせてしまうからであるが、男ならばやはり一度はそんな落とし穴にはまってみたいと思うもの。いや、穴に落ちて家財を食いつぶし、騙されたまま死んでゆくなら、それこそ本望というものであろう。穴は落ちるためにある。落ちない穴など意味がない。そういったわけで、ボクは穴に落ちる決心をした。
「綺麗な少女よ、君はいったいどこから来たのだ? 祖先は誰で、いったいどこに暮らしているのだ?」
ボクは髪をさらりとかき上げ、流し目で尋ねたりするのだ。