日本列島の誕生
教科書によると、「日本列島が今と近い形となったのは、およそ1万年前。更新世が完新世となった頃」である。
「更新世とは氷河期で、氷河期の頃は寒冷な氷期と比較的温暖な間氷期が交互に繰り返して訪れていた。海面は著しく下降し、少なくとも二回、日本列島とアジア大陸は地続きとなり、アジア大陸からトウヨウゾウやナウマンゾウがやってきた。人類もそれを追って大陸からやってきた可能性がある」としている。
しかし次のページには、岩宿遺跡の記述もあるし、更新世末期(約2万年前)の陸続きでない日本列島の地図もあるのでフェアな感じもする。
教科書の出だしは、「日本列島の歴史はおよそ1万年前から始まった」と、読み手に誤解をさせそうなものであるが、ちゃんと読めばそうではないことがわかる。
間違ったことを書きたくないという編集者の誠実さが伝わってくるのは、日本史教科書の良い点であろう。
そう鑑みて改めて教科書の冒頭を要約すると「人類が誕生したのは今からおよそ700万年前で、そこから1万年前ぐらいまで間に日本列島に人が来た」となる。
「700万年前」から「1万年前」の間に入れられた「更新世」だの「完新世」だのは読み手を迷わすためのブラフのように見える。
教科書は概ね間違っていない。読んで勘違いした読み手のほうが悪いのである。
ただ、「700万年前」から「1万年前」では幅が広すぎるのでもう少しこの間を狭めてみよう。
まず教科書に書かれなかった事実として、日本が現在と近い孤島となったのは500万年前で、その500万年前以降、氷河期で水面が低下した時も津軽海峡と対馬海峡は陸続きになっていなかった、という研究結果がある。北海道とサハリンは陸続きになった。しかし津軽海峡と対馬海峡の間はつながっていないのである。日本列島と大きく括る場合、確かに北海道は日本であるしサハリンは大陸である。確かに陸続きにもなった。間違いではないけれど、日本列島が大陸と陸続きになったという記述は少し大きすぎる表現ではなかろうか。嘘は言っていないが勘違いされるために書かれた表現のようでもある。
きちんと記述するならば、日本列島の本土が孤島となったのは今から約500万年前で、それ以降、本土はずっと孤島のままである。
これを考慮に入れると、日本列島に人類がやってきたのは(地続きの地面を大陸から歩いてきたと考えた場合)700万年前から500万年前くらいの間となる。
しかし現生人類が誕生したのはアフリカ単一起源説によると20万年前となる。500万年前、日本列島が孤島になった時、まだ現生人類は存在していなかった。(猿人の時代である)
人類が日本列島にやってきた方法について教科書は陸路説をとりながらもひどく歯切れが悪いのはこういった理由からであろう。
アフリカ単一起源説を採用する限り、日本人の祖先は舟で来たということはほぼ間違いない。(舟が見つからないという理由で学会では少数派の説であるが)
等々、考慮に入れて教科書の記述を少し手直しをしてみると、「人類が誕生したのはおよそ700万年前である(ただし猿人)。日本列島が孤島となったのは約500万年前、その後、氷河期にも陸続きにならなかった。現生人類である新人が現れたのは約20万年前で、日本列島で最古と思われる遺跡が約11万年前の出雲の砂原遺跡であるとすると。20万年前にアフリカに出現した人類は世界各地に散らばってゆき、11万年以前に地続きでない日本列島にも到着したということである。手段が舟であったかどうかは不明(舟が見つかっていない)。陸続きでないから象を追って歩いて来たという説も少し考えにくい(象に乗ってきたのなら素敵、ロマンチックだなあ)」といったところであろうか。
氷期に関しては歴史とあまり関係がなさそうなので本来ならば割愛したい。
しかし教科書に書いてある以上、テストに出ないという保証はないので、ここでは日本列島と関係なく地質学的な見地からの記述のみしておく。
更新世と完新世の境目は約1万年前。更新世は氷河期ともよばれている。氷河期には寒冷な氷期と比較的温暖な間氷期が繰り返しおとずれた。氷期には海面が下降した。
氷期にはギュンツ氷期、ミンデル氷期、リス氷期、ヴュルム氷期などがあるが、日本列島の人類と関係ありそうな氷期はリス氷期(約25万年から12万年前)とヴュルム氷期(約7万年から1万年前)であろう。
歴史とは本来、文字で記された人類の過去の出来事を記すものであったが、いつの頃からか地質学や考古学もその中に組み込まれるようになった。
氷期が歴史と関係ないと書いたのはそのような理由からである。
ただ実際に歴史の教科書に氷期の記述もあるし、正しいとか間違っているとかではなく、今はそういう時代なので、ただそういうものとして記しておく。
イラスト:堂野こむすい va1907-001 『象に乗って』