人魚の螺子

人魚の螺子が外れたので、それを虎柄の林檎に密封したのちクアラルンプールの北東約百十五マイル、タマンネガラのジャングルに運ぶことにした。熱帯雨林の蒸し暑い夜、茅葺小屋をそっと抜け出し、蕗の傘を片手に獏の背中にまたがって、眠る人々の夢から夢へと飛び移りながらゆるゆると森の奥へと向かった。いわばこれは流離(さすらひ)のロードムービー。極彩色の夏が目の前に広がる密林の浪漫西。サラスバティの誘惑に眠れる破壊神。タイから来た不思議な能力を持つ少女と幾百種類もの昆虫に魅了される愚民の物語。出稼ぎ農夫は都会の居酒屋で泥酔し、ラザニアを食べる割烹着姿の女将は、はたして未知なるトネリコの木。ベルがドル、あるいはサバガネラ。目印に置いた焦げ茶色の土器は今では雨水の湖となり、自生した水草とメダカたちからなる小さな宇宙を形成する。あな尊しやボリビアの詩人。カリケブス・ステファンナッシ。美しき猿たちの舞踏。「あら、あなた。桜が散つてしまつてよ」「それこそ夢の宇宙誌(コスモグラフィア ファンタスティカ)」「コギトエルゴスム」「あるいはヴァニラとマニラ」。リンブルトの石の都、これは夢の旅。夢から夢へと飛び移りながら、タマンネガラのジャングルを目指す。他人の夢は面白いね。それは情念の底なし沼。引きずり込まれてもがき苦しむあなたは誰だいヘラクレイトス。象は世界を支え、亀は象を支えるのさ。「ねえ、もっといい考えはないのかい、わが弟子アナクシマンドロス」ピラニアとボヘミア、アラバマとモモンガ。紡ぎだされる概念の数々に現象学を食べるフッサール。ボボ・ブラジルは元気かい? パパスとママスがバタイユだとすると、未来はますます不透明になって。でもそこがいいんだってさ。人魚の螺子を大切に抱いて流浪する獏とマレー象。いたいけな少年は口笛を吹いた後、きっと林檎をかじるだろう。虎柄の林檎、豹柄の林檎、鯖柄の林檎、牛柄の林檎。それはいったいどの林檎。世界は林檎で溢れている。チグリスとユーフラテスに君臨する恐るべきスサの王。愛すべきスサの王。いつからか、いつからか。からからか、けろけろか。桃色か飴色か。笹の葉かピリオドか。