アングラ劇『犬神ぢごく変』 01-01
第一幕
大通りを挟んで向かい合う二つの大きな社。一方の鳥居には福徳稲荷の扁額。もう一方の鳥居には玉梓明神の扁額。絵師申秀はその大通りの真ん中に立ちキョロキョロとその鳥居を見比べる。
申秀「ワシは日本一の絵師になりたいと願っておる」
村人「それはたいそうな夢じゃわいな」
申秀「そこでこの二つの社に参って願をかけようと思ってきた」
村人「さて、それならよくよく選ばれるがよいぞ。何せこの二柱の神様は仲が悪い」
申秀「選ばなくてはならぬのか?」
村人「選ばなくてはならぬ。二柱ともに祈願すると二つの神様は競い合い、神様同士の競争がおこる。そんなものに巻き込まれては到底身がもたぬぞ」
申秀「しからば選ばねばなるまいのう」
村人「おお、そうじゃ。選ばねばならぬ」
申秀「ではどちらの神様のほうが霊験あらたかであるか、そちはどう思う?」
村人「さて、それは難しい問題じゃ。福徳稲荷は狐の化身で玉梓明神は狸の化身だということじゃから。狐と狸、あんたが好きな方を選べばよろしかろう」
申秀「なるほど、狐か狸のう」
村人「昔の人は狐は千年の昔を知り、狸は三日の先を知ると言ったのう」