00 プロローグ『三聖降世』02

 そんな三柱の神様たちのやり取りを少し離れた暗がりから虚無が眺めていた。それはカラバの神々の中、アインソフと呼ばれる無、あるいは根源で、姿はなく言葉もないが、しかしそれが皮肉な笑みを浮かべた事だけは確からしく思われた。始まりもなく終わりもない、まったくの虚無であるそれは、在るかないかもわからない口をニヤリと歪めて笑いながら、無邪気に騒ぐ三柱の神たちを静かにじっと眺めていた。三柱の神、シヴァとヴィシュヌとブラフマーはそんなアインソフの存在にはまったく気づかぬ様子で、「では新しい役目はくじ引きで決めるか?」などとその後もしばらくワアワア言い合っていたが、やがてブラフマーが短気を起こし、「こうしておっても埒があかぬ。まず私がいくぞ」と空に舞った。「おっと出遅れた」と続いてヴィシュヌが飛んだ。「何と、お前たち卑怯だぞ。これじゃ元の木阿弥じゃないか? まだ変更する役目も決めていないのに」と口惜しそうに言ったあとシヴァは最後に飛んだ。そして神々の魂は三方に別れ、ひとつは播磨国の山奥に、ひとつは近江国の川べりに、ひとつは河内国の海沿いに落ちた。その日、播磨苔縄の土豪屋敷で一人の男の子が生まれた。近江犬上の城郭で一人の男の子が生まれた。河内沿岸の掘立小屋で一人の男の子が生まれた。それぞれの母は、その子が生まれる時、神様の宿る夢を見た。播磨の母はガチョウの背に乗った神が宿り、近江の母には頭に七匹の蛇を乗せた神が宿り、河内の母には三つ目で踊る神が宿った。「梵天、毘紐天、大黒天。なんと三柱の神が今、この世に降り立ったようじゃ」と大和国西大寺の長老御坊の庭先で一人の大柄な僧が空を見上げてつぶやいた。「何かが始まるようじゃのう」